思いがけない幸せのいただき方

ちょっと前に、ネットで古畑任三郎を観ることにハマっていました。推理モノが結構好きなんです。あの独特の口調も最高。テレビで放映されていたころ観ていた方も多いのではないでしょうか?

その古畑任三郎の話の一つに、犯人からもらったプレゼントの包み紙を被害者が残していたことが決め手になったというものがありました。

大切な人からのプレゼントを包み紙まで残しておく人がいる…

そういう気持ちを犯人が分からなかったところが落とし穴だったみたいですね。

 

読者の方の中に、何か意外なものを残している方いますか?

ちなみに僕は、妻とまだ付き合っていた頃、誕生日ケーキをもらったときに箱にメッセージが書かれていたので、そのメッセージの部分だけ切り取って残しています(笑)

 

どうしてこんな話を持ち出したかというと、実は昨日、僕が与えたもので意外なものが残されていることを知ったからなんです。

相手は昔担任したことがある子です。

 

昨日は保護者の方と子どもが学校に来る日でした。最近の生活の様子やら、課題やら書類やらを渡すということで、三密にならないように、三つの時間帯を設けて。

 

今年は5年生。この学年の子達は、3年前に担任した2年生の子達ということで、知っている子や保護者も多いです。

僕が与えた意外なものを残していた子は、その中の一人。

 

 

3年前、「もうすぐ弟が生まれるんだ~」と喜んでいた女の子。

そのことを生活科での記述や、冬の生活の日記に書いていたそうで…

たまたま僕も、下の子がもうすぐで生まれるというタイミングだったので、新しい命が生まれることに対する喜びや、同じだねというような気持ちが入ったメッセージを朱書きしていたそうです。←そりゃ、完璧に忘れていますよ。

 

昨日、そのことを保護者の方からお話いただき、「あのメッセージ、すごく喜んでいたし、嬉しかったんです」という言葉を聞いたときには僕も幸せな気持ちになれました。思いがけず僕は幸せをいただいたんです。

 

ということで、これが思いがけない幸せのいただき方です。

何かを人に与えると、ついつい「これだけやってあげているんだから…」なんていう気持ちが湧き上がるときがあります。

家庭生活なんだかだととくに多くないですか??「これだけやっているのに!!」のようなこと。

 

教員でも多いと思います。「これだけやったのに、これだけ手をかけているのに、これだけ言ったのに、全然分かってない!!」

職員室で聞きます(笑)

 

 

でもこれって人に与えることにならないんです。

人に与えるということは、自分が与えたことを忘れることが大切です。与えてからその後どうなったのかを気にしないんです。

何か見返りを求めて与えていると、それは人から奪う行為です。

 

自分のギフトの先で、相手がどうなったのかを気にせずに与え続けていると、きっと思いがけずに幸せをいただくことができると思いますよ~♪

 

愛されパパになるための魔法の質問

誰に与えたいですか?

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