適度な距離で見ているのが、丁度良い

「自分のクラスじゃないと、可愛いって思えるんだけどね〜」

教員になってから、何度も聞いたことある言葉です。

自分のクラスだと指導が難しいなと思われる子が、学年が変わって離れて見ていると可愛いなと。

不思議なものだなぁと思います。

また、我が子がしていること、我が子の発言などなど…自分の子じゃないと気にならないことが、自分の子だと気になってしまうという話。よく聞きます。

担任として、親として、「何とかしなきゃ!」という責任感がそうさせてしまってるのかもしれないです。

でもそれだと中々うまくいかないと感じてます。

教員4年目。初めて6年生を担任したときのことでした。「最高学年として、下級生の手本となるようにしっかり指導しなきゃ」という意識で、生活指導を厳しくしていたことを覚えています。返事の仕方だとか、授業中に廊下をある時のことだとか、

もう何から何まで伝えていました。厳しく指導するから、子どもたちも従うのですが、「やらないと叱られるから」という理由でやっている子がほとんどでした。

「何のために」が欠落している状態ですね…

そもそも、子ども達って大体「何のために」っていうのはわかっているんです。

でもやる気持ちが起きなかったり、あえて反発してみたりするんです。

4年目のときの6年生では、そんなことから子ども達との信頼関係が上手に形成できなかったので、授業を頑張っても空回り。「何をやるか」じゃなくて、「誰がやるか」なんだと痛感しました。

研究授業を見ていた先輩からも、楽しそうな授業なのに凄く退屈そうにしている子もいたよねと……そうなんです、その子は僕が関係性を築けていない子でした。

関係性が築けていない子は、不思議と気になるもので、沢山見てしまうんです。

話している時や授業中、生活面の態度…。そしてそれは自分の目に良く映らなくって、やっぱりダメだ〜となってしまって。

更に色々と頑張ってる子達を見落としてしまうから、状況悪化に拍車がかかります。

みんな完璧じゃないから全部できてないけれど、何かしら頑張っているんだよね。一生懸命生きてる。

でも出来てないことを見られて突かれるから、そんなことを突いてくる相手とは関係性が築けない。

適度な距離感を保ちながら、

自己開示と日常会話

傾聴

簡単なアクティビティ

クラス全体での成功体験

出来ている・頑張っていることへの声掛け

すんごくシンプルなんだけれど、これが良かった。というかこれで良かったんだなって17年目にして思います。

コメントを残す

WordPress.com Blog.

ページ先頭へ ↑