「藍より青し」を望む

先生の中にはたまにお山の大将になる方がいる。 

 

学級という小グループのボス猿は教師だそうな。

とすると、子ども達はボス猿に従う形になるし、越えようという気が起きなくなるだろう。

 

 

僕はこの考え方がとても好きではない。

子どもの頃から「大人ってだけでどうして偉いんだ?」という疑問をもっていた。

 

 

それは今も同じで、子ども達を下の存在として見るのが嫌いだ。

 

先日、クラスの子ども達が自分で考え、行動してくれたことに大変感謝したことがあった。みんなの脳を沢山使って考えられるようになると集団としてレベルアップするよと伝えた。

 

一人の児童が「でも先生は大人でしょ?」と言った。

大人だから…だから子どもは超えられない?

大人だから…だから子どもより能力高いの?

大人だから…だから子どもの僕たちはできなくてもいい?

大人だから…だからできて当たり前?

 

僕は話しました。

有名なノミの実験です。

ノミって超えられる高さの容器でも、蓋を閉めてしばらく出られなくすると、蓋を外しても出られなくなっちゃうんだそうです。

 

僕は子ども達に超えてほしいと思ってます。自分という存在が子ども達にとっての蓋になっていてほしくないなぁと思うんです。

 

 

そりゃ易々と超えさせません。

でも超えられない壁ではないんです。

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