子どもの枠を外すためには

僕の父親は大変真面目な人です。

真面目だからこそ、いいなぁと思うところがあります。

でも真面目だから、損をしてしまってきたこともあります。

考え方も偏っているところがあります。

 

例えば、僕は昔から父に言われてきたことがあります。

「お金は必死に働いて、得るものだ。」

「楽してお金を稼ぐのは、良くないことだ。」

「お金持ちはどんどんお金持ちになっていく。俺らみたいなところにはお金は来ない。」

 

まぁお金お金と言ってしまいましたが、結構お金の話題になるとこういう発言が多かったんです。

父っ子だった僕は、この話を頻繁に聞いていました。

するとこの考え方が頭にこびりついてしまいました。

すごく単純に「お金持ちは、何か悪いことをして稼いでいる。」

というとんでもない誤った考え方が頭に棲みついてしまいました。

 

まぁこういう話のおかげで「コツコツ貯金をする」という堅実さは身に付いたんですが、これが全てではないんですよね。

父の中では「一生懸命仕事をする⇒対価としてお金を得る⇒コツコツ貯金をする(まぁ我が家は貯金できませんでしたが(苦笑))」が全てでした。それが常識でした。

 

 

だから僕の中の常識も知らず知らずの内にそうなってしまいました。

恐ろしいものですよね。親の常識が知らない間に子どもの常識になっているんです。

  

「常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションに過ぎない。」

これはアインシュタインの言葉です。

 

親は我が子に、より良く育ってもらおうと様々なことを教えます。その元になっているのは、親の常識です。でもその常識は親にとっての常識なんです。

どこかに行った場合、それはもしかしたら非常識になるかもしれません。

 

もしそんな常識ばかりを、

自分の偏見のコレクションばかり(もちろん限りなく大多数の共通項として学んでいることもありますが)を、

我が子に伝え続けていたら…

 

子どもの枠は親の常識で固められ、外れることはないでしょう。

 

親の常識で固められる前の子どもは、どんどん枠を外そうとします。

でもいつしかそれができなくなるのは、親から常識でがんじがらめにされるからです。

子どもの行動を見ていて

「これは常識から外れている!!何とかせねば!!」

と思ったとき思い出したい言葉があります。

 

「大事なのは君の頭に巣食う、常識という理性を きれいさっぱり捨てることだ。」

 

発明王エジソンの言葉ですが、子育てをするときにも大切な考え方ではないでしょうか。

自分が得てきた常識だけで、子どもを見ていくのではなく、

自分が得てきた常識という理性を、きれいさっぱり捨てて我が子を信じることが必要なときもあるんです。

 

そんなとき、子どもは親の常識という枠に収まらず、枠を外して羽ばたけるんじゃないかな。

愛されパパになるための魔法の質問

きれいさっぱり捨てたい、あなたの常識は何ですか?

 

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