学校の勉強以外の指標を子どもたちへ

「先生、俺、記憶力ないんだよね~」

 

 先週、一人の男の子からこのように話しかけられました。

 確かに、提出するものをうっかり出し忘れることはあるし、暗記系の問題が間違っていることも多々あります。

 でも、小学校3年生だし、そんなことは何も気にしていませんでした。

 ただこのように話をしに来るということは、小学校3年生なりに、少し気にしていることがあるんだなと感じました。

 

 僕はその子に、

「そうなんだね~。でもさ、学校の勉強じゃなくて妖怪ウォッチとかポケモンの名前なら色々知っているんじゃないの~??」

 と答えました。

 

 すると突然、

 「ピカチュウ。はい、先生『う』だよ。」

 という一言。

 

 え?゚(゚∀゚ )

 しりとり始まった!?(笑)(゚∀゚ )

 

 どうやらそうだったらしく、

「そうだよ。ポケモンしりとり」

 

 初代ポケモンの赤・緑と、ポケモン2の金・銀しかやったことのない僕のポケモン知識を総動員させてその子と勝負しましたが、秒で負けました。

 でもピカチュウの「ウ」に対して「ウツボット」という答えが瞬時に出たときは自分でも驚きました。

 

 

 その子はポケモンについての知識ならめちゃくちゃ頭に入ってるんです。だから記憶力が無いっていうことはなく、無いのはその教科や単元に対する興味・関心。

 ポケモンというステージに立ったら僕は彼に惨敗です。

 

 子どもたちの多くは、自分の能力の是非を学校の勉強ができるかできないかで評価してしまうみたいです。生まれながらにしてそういう評価基準をもっているわけではないので、これは成長過程で親や教師など、周りの大人の影響なんだろうと思っています。

 

 子どもたちのこの観点。変わるととっても面白い…面白いというか、子どもたちの自己肯定感が高まるんじゃないかな。

 そのためには、大人が子どもたちを見るときに勉強をとっぱらって見るのが大切。

 学校の勉強は大人になって直接利用できる知識はそうそう無い。

 無いからと言って、やらなくていいとも思っていない。

 興味が沸いたらやればいいし、沸かなかったら違う分野を学べばいい。

 

 ただ、自分の価値を学校の勉強ができるかできないかで判断してほしくないなぁと思っております。

 学校の勉強ができるかできないかで自分の価値を決めちゃっている子に、どう寄り添うか。教師として考えどころであり、力を入れたくなっちゃうところだな~。

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