理想の大人と子どもの距離感は?

久しぶりに長い時間、電車に乗っていました。新幹線。

やっぱり新幹線ってとっても速い。

駅のホームで通り過ぎる新幹線を見たことがあるけれど、その通り過ぎる速さといったら。驚く程速い。中の様子なんて見られたもんではない。

あの距離感で中の様子を確認できる人は、人間離れした動体視力の持ち主か、もしくは人間ではない別の何かだと思う。

 

 

でもこの新幹線。駅のホームで眺めていると中の様子は分からないのに、だいぶ離れたところから眺めると、結構見える。

 

 

 

ただ、当たり前だけれど離れすぎると見えない。

 

近すぎると見えてこないものが、離れていると見えてくる。

そして離れすぎるとまた見えなくなる。まぁこれは視力の問題だけれども。

 

そりゃね、自分の視野に入る時間が全然違うから、当然なんですよね。

ながーいこと、いい距離感で見てると、見えなかったものが見えてくる。

 

 

こういうこと考えるのがすごい好きなんだよね。なんだか物理的で。

一応理科物理専攻なの。

 

 

 

 

今日の帰りの新幹線で、外を眺めながらボーッとしてそんな物理のこと考えて楽しんでいたら、ふと同僚の先生が話していたことを思い出した。

 

「クラスにいると本当に鬱陶しいなぁって思うんだけれどね~。」

「そういう子って離れていると、すっごく可愛くなるんだよね~。」

 

僕はこういう風に思ったことはないんだけれど、こう感じる人は結構多いみたい。

クラスにいると、「自分の責任!!」という気持ちが強くなりすぎちゃうのかな。特に小学校は教科担任制でもないから、朝から昼過ぎまで、基本的には自分のクラスの子を自分がずっと責任をもつ。

 

そうすると、距離感が近すぎちゃって。真剣に見ても、ぜーんぜんいいところ見えてこないんだろうな。

 

でもクラス離れて、適度な距離感ができたとき、きっと肩の力抜いて、ボーッと見てるから、「あっ、あの子案外いい子じゃないの。」って可愛く見えてきて現担任に「クラスにいると大変ですよね~」みたいな会話が始まるの。

 

じゃあだからといって、遠く離れると、全く見えなくってね。意識の外にいっちゃうの。それだと子どもも放っておかれてる状態だなって感じる。

 

 

 

……あれ、これさっきの新幹線の話じゃん!!

 

 

 

ということで、学校を新幹線に置き換えて、考えてみた。

 

 

 

 

 

僕が理想的だなぁって思うのは、学年や学校のみんなで適度な距離感を保って、成長していく、未来に走る子どもたちを「いいねぇ~」って言って眺めること。

 

もちろんそれは完璧に離れるんではなくて、

 

並走するでもなくて、

 

お互いが落ち着ける距離感で、眺める。

 

 

 

ときには車両の一つの窓を見つめて、

「あっ、あそこのあの子、いいじゃないですか~」

 

ときには車両の一つを見つめて、

「あのクラス、こんないいところあるね~。」

 

また、新幹線全部を見つめて

「やっぱうちの学校、すげーいいわぁ。」

 

 

学校にいる…いやもっと言うと保護者とかその地域に住む大人も含めて、

みんなで眺めて、みんなで認める。

 

そんな雰囲気、みんなでつくりたいなぁヽ(´▽`)/

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