子どもにとってどのような存在になろうかな

昨日の雨からは考えられないくらい気持ちのいい晴天に恵まれましたね。本日は多治見に陶磁器を買いに行き、帰りに四季の森で遊んできました。往復、車で2時間以上はかかりました。こういうときは夫婦で会話ができるいい機会になります。

育児のこととか、お金のこととか、もちろんくだらない話も含めて、車内のでの話は盛り上がります。そんな話の中で、親って子どもにとってどんな存在であるのがいいんだろうという話題が上がりました。

妻が植物を育てることに例えていたのが印象的でした。

「水や肥料をやり過ぎちゃうと植物はしっかり育たなくなっちゃうから、やり過ぎるのはよくないよね。それよりも、どんなプランターでどんな土で、周りには支柱を立ててってことを考えてあげることって大切じゃん」

なるほどー!と感動。僕がこの例えの中で特に印象的だったのが、支柱。

妻の解釈とは異なるかもしれないけれど、親って子どもにとって植物を育てるときでいう支柱みたいになれるといいなと思った。

自分で育っていくんだけれど、様々な場面で一人じゃどうにもできなくて、どっかに寄りかかりたくなったとき、寄りかかれるような存在。

「いつでも側にいるよ」なんて言葉なしでも、子どもが「側にいてくれてるな」って安心感をもてるような存在。

子どもにとってこんな存在であれるといいなと思った。今は幼児期だから、それはまだまだ先の話。でもそこを超えても、ついつい干渉したくなるのが親ってもんだと思う。一方、子どもは少しずつできることが増えていって、親に干渉されるのが嫌になってきて、でも全部一人でできるわけでもなくって。

干渉し過ぎず、でも子どもが一人じゃどうにもならないって弱ったときに、寄りかかれる。そんな存在になりたいなと、妻の話を聞いて考えました。

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